勘助が麓に居を構えた山を超えた先に村が一つある。
勘助がいた村を山越《やまごえ》村といい、山の向こうの村は山迎《さんげい》村という。
商人や旅人が通る際におおよそ山越村から山へ入り山迎村へと出ることからついたとされている。
もちろん逆もあるのだが、都の方角が山迎村の方であるためこのようになったのである。
さて、山越村側の麓に居を構えた勘助だが、悠々と独り身の暮らしを満喫していた。
とうに親も居なくなった勘助である、嫁の立場を奪うほどの家事能力も誰に何を言われるでもない。
麓のそばで畑を耕して種籾は村に住んでいた頃の知り合いに口利きで少しわけてもらい、自給自足で生活するための土台づくりに没頭していた。
作物ができるまでの食料には困らなかった。
村人とは絶縁したわけでは無いので人の好い勘助の人気はそのままである、村に顔を出す度、大変だろうあれもこれも持って行けと両手いっぱい貰うのである。
勘助がいた村を山越《やまごえ》村といい、山の向こうの村は山迎《さんげい》村という。
商人や旅人が通る際におおよそ山越村から山へ入り山迎村へと出ることからついたとされている。
もちろん逆もあるのだが、都の方角が山迎村の方であるためこのようになったのである。
さて、山越村側の麓に居を構えた勘助だが、悠々と独り身の暮らしを満喫していた。
とうに親も居なくなった勘助である、嫁の立場を奪うほどの家事能力も誰に何を言われるでもない。
麓のそばで畑を耕して種籾は村に住んでいた頃の知り合いに口利きで少しわけてもらい、自給自足で生活するための土台づくりに没頭していた。
作物ができるまでの食料には困らなかった。
村人とは絶縁したわけでは無いので人の好い勘助の人気はそのままである、村に顔を出す度、大変だろうあれもこれも持って行けと両手いっぱい貰うのである。
勘助はこのときばかりは自分の性格がこうでよかったと喜んだ。
また山の麓に居を構えた事が幸いしてか旅人などと接する機会も増えた。
食べきれない食料を保存食にしておけば旅人相手に格安で商売することもできた。
殆どは銭でなく物々交換であった事がまた具合が良かった。
しかし問題がないわけではない。
山の麓であるからして、野生動物に畑を荒らされるのはもちろん、最悪の場合は賊に襲われ命を奪われるなんてことにもなりかねぬ。
未だこの付近で山賊がでたなどという話はきかないが人通りが最近増えている故いつ狙われるかわからないといったところだ。
動物はまだ良い、熊や猪でもなければ勘助にも対策は出来るだろう
。熊よけの鈴は肌身離さずもって歩くことにして、心の片隅にわずかな不安を携えつつ、日を過ごしていた勘助であったが、山中で折悪く熊に出くわしてしまった。
出くわしてしまったというよりも、そうせざるを得なかった。
勘助の後ろには少女が一人、うずくまっている。
熊の前に己をさらす、そうせざるを得なかった理由である。
少女は人並みの生活をしていたとは思えぬ身なりであった。
着物はもはやぼろの布を巻いているようにしか見えない。
勘助は己の不運を呪った。最初に目についた時、熊は四足でじりじりと少女へと近づいていた。
わざわざ助けに入らずとも、そのまま静かに通り過ぎて行くこともできたのだ。
走って村まで行って猟師を呼べばあるいは…いや、おそらくそれでは間に合わぬ。
熊と少女の距離は熊の足であと二、三歩ほどで、助けを連れてもどってくればそこには無残な屍があるだけなどと寝覚めが悪い。
こうなってしまった以上、どうにかして自分と少女、どちらとも生きる道を探さねばならない。
あるいは、少女だけでも。勘助は猟師のように火器を使えるわけではなく、武士のように剣術を修めた訳でもないただの村民である、いまや小さな畑を持つゆえに鍬は振るがそれは熊相手に使うものではない。どう考えても、生きのびる術は見つからない。
熊は突如割り入った勘助に驚き低く唸っている。
「娘さん、どこか怪我でもしちゅうがか」
勘助は熊を見据えたまま小声で後ろの少女へと話しかけた。
「いいえ」
少女は短く、小さな声で答えた。それを聞き、ちらと目だけを少女へ向け、勘助はそれならと口を開いた。
「熊は背を向けて逃げるものを追うと言うき、わしが山の奥へと走る。それを熊が追いかけるはずじゃ、そしたら反対側へ逃げや」
「それでは、あなたはどうするのですか」
「幸いこの先は下り道や。熊は下りは苦手やき、何とか逃げ切れると思う。娘さんは麓にある小屋に入ってまっとってくれ。わしの家じゃ。万が一わしが戻らんでも食べもんはあるき暮らしてくれてかまわん。困ったら村へ行くとええ」
そういって勘助は駆け出した。勘助の予想通り突然背を向け走り出した獲物を熊はすぐに追いかけていく。その場に残ったのは少女だけだ。少女はゆっくりと立ち上がると勘助の
走り去った方を見つめた。
「しかたない」
一つため息をつき、少女は駆け出した。
また山の麓に居を構えた事が幸いしてか旅人などと接する機会も増えた。
食べきれない食料を保存食にしておけば旅人相手に格安で商売することもできた。
殆どは銭でなく物々交換であった事がまた具合が良かった。
しかし問題がないわけではない。
山の麓であるからして、野生動物に畑を荒らされるのはもちろん、最悪の場合は賊に襲われ命を奪われるなんてことにもなりかねぬ。
未だこの付近で山賊がでたなどという話はきかないが人通りが最近増えている故いつ狙われるかわからないといったところだ。
動物はまだ良い、熊や猪でもなければ勘助にも対策は出来るだろう
。熊よけの鈴は肌身離さずもって歩くことにして、心の片隅にわずかな不安を携えつつ、日を過ごしていた勘助であったが、山中で折悪く熊に出くわしてしまった。
出くわしてしまったというよりも、そうせざるを得なかった。
勘助の後ろには少女が一人、うずくまっている。
熊の前に己をさらす、そうせざるを得なかった理由である。
少女は人並みの生活をしていたとは思えぬ身なりであった。
着物はもはやぼろの布を巻いているようにしか見えない。
勘助は己の不運を呪った。最初に目についた時、熊は四足でじりじりと少女へと近づいていた。
わざわざ助けに入らずとも、そのまま静かに通り過ぎて行くこともできたのだ。
走って村まで行って猟師を呼べばあるいは…いや、おそらくそれでは間に合わぬ。
熊と少女の距離は熊の足であと二、三歩ほどで、助けを連れてもどってくればそこには無残な屍があるだけなどと寝覚めが悪い。
こうなってしまった以上、どうにかして自分と少女、どちらとも生きる道を探さねばならない。
あるいは、少女だけでも。勘助は猟師のように火器を使えるわけではなく、武士のように剣術を修めた訳でもないただの村民である、いまや小さな畑を持つゆえに鍬は振るがそれは熊相手に使うものではない。どう考えても、生きのびる術は見つからない。
熊は突如割り入った勘助に驚き低く唸っている。
「娘さん、どこか怪我でもしちゅうがか」
勘助は熊を見据えたまま小声で後ろの少女へと話しかけた。
「いいえ」
少女は短く、小さな声で答えた。それを聞き、ちらと目だけを少女へ向け、勘助はそれならと口を開いた。
「熊は背を向けて逃げるものを追うと言うき、わしが山の奥へと走る。それを熊が追いかけるはずじゃ、そしたら反対側へ逃げや」
「それでは、あなたはどうするのですか」
「幸いこの先は下り道や。熊は下りは苦手やき、何とか逃げ切れると思う。娘さんは麓にある小屋に入ってまっとってくれ。わしの家じゃ。万が一わしが戻らんでも食べもんはあるき暮らしてくれてかまわん。困ったら村へ行くとええ」
そういって勘助は駆け出した。勘助の予想通り突然背を向け走り出した獲物を熊はすぐに追いかけていく。その場に残ったのは少女だけだ。少女はゆっくりと立ち上がると勘助の
走り去った方を見つめた。
「しかたない」
一つため息をつき、少女は駆け出した。
PR