首元でがらんがらんと鈴が鳴る。
熊よけ用の大きな鈴だ。
熊に人間の存在を伝えて出会わないようにするための鈴は、今では何の意味も持たない。
後ろからどすどすと重量感のある足音が聞こえる。
重さの割には軽やかな足音で、迫りくるものは想像以上に速い事が伺える。
道は平坦である。このままでは追いつかれる、腕を振る、地を蹴る足に一層力をこめる。
息が苦しくなるだけで音との距離は離れない。
もう少し、もう少しすれば下り坂。
追手である熊は前足が短く下り坂では速さが落ちる。
そこに賭けている。早く速くと思うのに力をこめても距離は離れず、音が迫ってくる。
わき腹が痛む。全力疾走などいつぶりだろう。
息を吸うのも吐くのも、何度も何度もしているのに楽にはならず苦しくなるばかりだ。
このままでは、このままでは…考えたくない結末が頭を掠める。
少女は助かっただろうか。できることならこの目で確認したい。
その時、不規則に揺れる視界の先に平坦だった道が途切れる場所が現れた。見えた、下り坂だ。
熊よけ用の大きな鈴だ。
熊に人間の存在を伝えて出会わないようにするための鈴は、今では何の意味も持たない。
後ろからどすどすと重量感のある足音が聞こえる。
重さの割には軽やかな足音で、迫りくるものは想像以上に速い事が伺える。
道は平坦である。このままでは追いつかれる、腕を振る、地を蹴る足に一層力をこめる。
息が苦しくなるだけで音との距離は離れない。
もう少し、もう少しすれば下り坂。
追手である熊は前足が短く下り坂では速さが落ちる。
そこに賭けている。早く速くと思うのに力をこめても距離は離れず、音が迫ってくる。
わき腹が痛む。全力疾走などいつぶりだろう。
息を吸うのも吐くのも、何度も何度もしているのに楽にはならず苦しくなるばかりだ。
このままでは、このままでは…考えたくない結末が頭を掠める。
少女は助かっただろうか。できることならこの目で確認したい。
その時、不規則に揺れる視界の先に平坦だった道が途切れる場所が現れた。見えた、下り坂だ。
これで大丈夫かと気が緩んだとき、足がもつれた。
下り入り口数歩前で前のめりに倒れる。
とっさに後ろを確認すれば熊がもうすぐそこまで来ていた。
勘助は両腕で顔を多い硬く瞑った。
がさりと音がした。しかし、身を硬くして最期を待つ勘助へ爪はいつまでたってもやってこない。
そろそろと目を開けると熊はおらず、目に入ったのは置いてきたはずの少女の背中だった。
少女は振り返るとにこりと笑った。
「熊、どこかへ行ってしまいましたよ」
呆然とする勘助へ少女は話す。勘助は口をぱくぱくと動かすばかりで音にならない。そんな勘助へ少女は頭を下げ続ける。
「助けてくれてありがとうございます。私も少し疲れました、少し休みましょう。お話はそれからでもよいでしょう?」
勘助と少女は道の脇へと座った。
勘助は全力疾走の後まだ息が整わずにいるが、少女はけろりとしている。
しばらく会話もなく座り込み、息が整ってきた頃日は天辺をすぎていた。もうそろそろ傾き始めるだろうか。
日が暮れる前に戻らねばいかぬと考えたところでふと勘助は少女のことが気になった。
「娘さん、今晩はどこぞへ泊まるあてでもあるがか」
ぼろを着た少女にあてがあるとは思えないが、あって欲しいとも思っていた。その考えはすぐに否定されることとなる。
「いいえ、私はご想像の通り身寄りはございません。飢饉で無くなった村より流れてまいりました」
「ほりゃあ、大変じゃったの」
改めて少女を見てみると、着物は破れてほつれ放題で手足は簡単に折れてしまいそうなほどやせており、履物はなく足は傷だらけであった。
言葉も自分の物とはずいぶん違う。
きっとかなり遠い所から流れてきたのだろう。
勘助はどう言葉をかけて良いのか見つからず、視線を少女からはずし、ためらいがちに言った。
「娘さん、その、娘さんさえ良けりゃあ家にこんね」
「えっ」
突然見ず知らずの男の家に来いなどとやはり失礼だっただろうか。
少女の声に戸惑いをみた勘助は勢いよく少女へ振り返り慌てて言葉を続けた。
「いやの、麓にわしの家があると言うたじゃろう。わしはどうも妻と上手くいかんでの、今は独り身なんじゃ。ああいや娘さんに何かしようという訳じゃのうて、せめて屋根のある場所でやすませてやりたいと思うたんじゃ、家にはわしだけじゃ食べ切れんほど食べもんもあるきに心配はいらん。どうじゃろうか」
一気にまくし立てたあと勘助はじっと少女の返事を待った。
頬が熱い。
自分は今ひどく赤面しているのではないだろうか、やっと乾いた冷や汗とは違う汗をじわりと感じる。
少女は目を丸くして勘助のまくし立てた言葉を聞いていたが、少し間をおいた後やわらかく微笑んだ。
少女の笑みに心臓がはねた。
少女は自分と勘助の間につかれた勘助の手をとり言った。
「ありがとう。お言葉に甘えさせていただきます」
勘助はほっと胸をなでおろし、それじゃあ行くかと少女に背を見せ屈んだ。
「裸足じゃあつらかろう。大丈夫じゃあなーんもしやせんき」
安心させるように勘助は言い、少女もそれに従いおぶさった。
「重くないですか」
心配する少女の問いに軽い軽いと陽気に笑いながら勘助は帰路についた。
3/9修正
まだまだつづく
下り入り口数歩前で前のめりに倒れる。
とっさに後ろを確認すれば熊がもうすぐそこまで来ていた。
勘助は両腕で顔を多い硬く瞑った。
がさりと音がした。しかし、身を硬くして最期を待つ勘助へ爪はいつまでたってもやってこない。
そろそろと目を開けると熊はおらず、目に入ったのは置いてきたはずの少女の背中だった。
少女は振り返るとにこりと笑った。
「熊、どこかへ行ってしまいましたよ」
呆然とする勘助へ少女は話す。勘助は口をぱくぱくと動かすばかりで音にならない。そんな勘助へ少女は頭を下げ続ける。
「助けてくれてありがとうございます。私も少し疲れました、少し休みましょう。お話はそれからでもよいでしょう?」
勘助と少女は道の脇へと座った。
勘助は全力疾走の後まだ息が整わずにいるが、少女はけろりとしている。
しばらく会話もなく座り込み、息が整ってきた頃日は天辺をすぎていた。もうそろそろ傾き始めるだろうか。
日が暮れる前に戻らねばいかぬと考えたところでふと勘助は少女のことが気になった。
「娘さん、今晩はどこぞへ泊まるあてでもあるがか」
ぼろを着た少女にあてがあるとは思えないが、あって欲しいとも思っていた。その考えはすぐに否定されることとなる。
「いいえ、私はご想像の通り身寄りはございません。飢饉で無くなった村より流れてまいりました」
「ほりゃあ、大変じゃったの」
改めて少女を見てみると、着物は破れてほつれ放題で手足は簡単に折れてしまいそうなほどやせており、履物はなく足は傷だらけであった。
言葉も自分の物とはずいぶん違う。
きっとかなり遠い所から流れてきたのだろう。
勘助はどう言葉をかけて良いのか見つからず、視線を少女からはずし、ためらいがちに言った。
「娘さん、その、娘さんさえ良けりゃあ家にこんね」
「えっ」
突然見ず知らずの男の家に来いなどとやはり失礼だっただろうか。
少女の声に戸惑いをみた勘助は勢いよく少女へ振り返り慌てて言葉を続けた。
「いやの、麓にわしの家があると言うたじゃろう。わしはどうも妻と上手くいかんでの、今は独り身なんじゃ。ああいや娘さんに何かしようという訳じゃのうて、せめて屋根のある場所でやすませてやりたいと思うたんじゃ、家にはわしだけじゃ食べ切れんほど食べもんもあるきに心配はいらん。どうじゃろうか」
一気にまくし立てたあと勘助はじっと少女の返事を待った。
頬が熱い。
自分は今ひどく赤面しているのではないだろうか、やっと乾いた冷や汗とは違う汗をじわりと感じる。
少女は目を丸くして勘助のまくし立てた言葉を聞いていたが、少し間をおいた後やわらかく微笑んだ。
少女の笑みに心臓がはねた。
少女は自分と勘助の間につかれた勘助の手をとり言った。
「ありがとう。お言葉に甘えさせていただきます」
勘助はほっと胸をなでおろし、それじゃあ行くかと少女に背を見せ屈んだ。
「裸足じゃあつらかろう。大丈夫じゃあなーんもしやせんき」
安心させるように勘助は言い、少女もそれに従いおぶさった。
「重くないですか」
心配する少女の問いに軽い軽いと陽気に笑いながら勘助は帰路についた。
3/9修正
まだまだつづく
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