闇の中にいた。
手を広げても壁はない。どこまで続いているのかわからない空間。
まっすぐに歩く。地面も見えない。踏んでいるのが地面なのか、何なのかもわからない。踏んでいる感覚がないのだ。
前に進んでいるのかわからないまま歩き続けると、何かにつまづいた。
手探りでさがしだして持ち上げてみる。闇に溶け込んで形がわからない。指を滑らせると細かい凹凸があるのがわかった。
必要なのか不必要なのかもわからないので、とりあえずポケットに入れた。
今向いている方向はわからなかったが、そのまま真っ直ぐに進むことにした。
するとようやく何かにあたった。予知できなかったため、強く鼻をぶつけた。手で触れてみる。小さな凹凸がたくさんあり、小さな穴もあるようだった。今度は、それが何処まで続いているのか確かめてみた。三歩程で途切れた。手で触れてみた感触は、どちらかというと板のよう。
ふと、探っていた指が冷たく、固いものにあたった。掴んで動かすと、がちゃがちゃと音がした。どうやらハンドルらしい。その上には最初に触れたであろう小さな穴があった。どうやら一週したようだ。ふと、先ほど拾った物を思いだしそれを手探りで穴にはめてみた。
ガチャリと音がした。そのままハンドルをひねり、押してみる。白い筋が闇の中現れた。押しているそれはかわいた音をたてて開いていく。白い筋はみるみるひろがり、視界を覆った。
手を広げても壁はない。どこまで続いているのかわからない空間。
まっすぐに歩く。地面も見えない。踏んでいるのが地面なのか、何なのかもわからない。踏んでいる感覚がないのだ。
前に進んでいるのかわからないまま歩き続けると、何かにつまづいた。
手探りでさがしだして持ち上げてみる。闇に溶け込んで形がわからない。指を滑らせると細かい凹凸があるのがわかった。
必要なのか不必要なのかもわからないので、とりあえずポケットに入れた。
今向いている方向はわからなかったが、そのまま真っ直ぐに進むことにした。
するとようやく何かにあたった。予知できなかったため、強く鼻をぶつけた。手で触れてみる。小さな凹凸がたくさんあり、小さな穴もあるようだった。今度は、それが何処まで続いているのか確かめてみた。三歩程で途切れた。手で触れてみた感触は、どちらかというと板のよう。
ふと、探っていた指が冷たく、固いものにあたった。掴んで動かすと、がちゃがちゃと音がした。どうやらハンドルらしい。その上には最初に触れたであろう小さな穴があった。どうやら一週したようだ。ふと、先ほど拾った物を思いだしそれを手探りで穴にはめてみた。
ガチャリと音がした。そのままハンドルをひねり、押してみる。白い筋が闇の中現れた。押しているそれはかわいた音をたてて開いていく。白い筋はみるみるひろがり、視界を覆った。
太陽の光は容赦なくアスファルトから照り返す。
額から落ちてくる雫を手の甲でぬぐって、たつきはだるそうに歩く。
昔に比べるとずいぶんと歩きやすくなっているが、アスファルトが光を照り返す事で増す暑さに、多少不便でも今すぐタイムスリップでもして幾分か涼しいであろう昔に行きたい衝動に駆られた。
ついさっき家で時代劇をみてきたばかりだ、想像する材料には困らない。
漫画のような展開が頭の中で膨らんでいく。 自分は侍で立派な刀を腰に掲げて胸を張り悠々と歩く。疲れたら近くの茶屋で団子を食べ、お茶をすする。
再び立ち上がり、また歩き出す。
そんな光景ばかりが繰り返され、自分の中には団子と茶をすする侍しかないのかと自分で自分に失望した。
「あああああもおおおう!」
突然頭を抱えて叫ぶたつきを通行人が横目で見ながら歩いていく。うずくまったまた動かないたつきに、かわいらしい声がかけられた。
「あのー、どうしました?」
はっと我に返ったたつきは慌てて立ち上がっり、辺りを見回す。素通りしていく人たちはたつきを指して何か言う様子もなかったが、その視線はしっかりとたつきに向けながら歩いていた。
通行人の様子と、目の前の少女をみて、恥ずかしくなり、たつきの顔はみるみるうちに赤くなっていった。今にも顔から火が出そうだ。
少女はたつきの様子をみて、くすりと笑った。
「顔真っ赤ですけど、気分悪いわけじゃないみたいですね」
「ええと、あははは……」
恥ずかしさで頭が真っ白になったたつきからは、乾いた笑いしか出てこなかった。
少しの間笑いあった後、通行人の視線が今度は二人に向いていることに気づき、二人そろって顔を赤くした。そして、そそくさと近くの喫茶店へと移動した。
偶然であった少女は、不思議な人だった。
喫茶店で少し話しただけでもたくさんの表情を見ることができた。
最初は大人しい子なのかと思ったが、幕末とか新撰組なんかの話になると目を輝かせて語りだした。たつきの知識なんて、沖田総司だとか土方歳三だとかの名前と、水色の羽織くらいのものだ。あっという間に理解できなくなった。
「あ、すいません。面白くないですよねこんな話」
笑顔を貼り付け、相槌のパターンが減りだしたたつきに気づいた少女が、慌てて話を止めた。
「大丈夫だよ。判らないところもあるけど、もっとその話聞きたい」
たつきはそれがなんだか名残惜しくて、話の続きを促した。少女は、わからないところってどこですかと言って、たつきが答えるとほとんどじゃないですかと笑ってわかりやすく丁寧に教えてくれた。
途中、彼女はカフェオレで口を潤しながらも休みなく話し続けた。気づけば太陽が傾き、オレンジ色の日が差し込み始めていた。
少女の話は尽きなかったが、たつきは窓の外の様子を見て、時計を取り出した。
「もしかして、何か予定がありました……?」
時計を取り出したたつきに、少女が申し訳なさそうに聞いてきた。たつきはしまった。という顔をして言った。
「いや、予定とかはないよ。今日はぶらぶらしてただけだし。ただ、もう夕方だから君は大丈夫なのかなって思って」
そして最後に話の邪魔してごめんね。と付け足した。
少女は目を丸くしてから窓の外をみた。そしてあっと一言漏らし、腕時計を確認した。
「ごめんなさい!あたしもう帰らないと!父が門限にうるさくて!あたしの話、聞いてくれてありがとうございました!」
早口にそういって少女は頭を下げた。そのまま慌しく席を立ち去っていく。
しばらく呆然と座っていたたつきが自分も帰ろうとかと立ち上がった時、少女が戻ってきた。
「あれ? どうしたの? 忘れ物?」
たつきが戻ってきた少女に聞くと、
「いえ、あの、これ!」
少女は小さな封筒を両手で持って差し出した。たつきが受け取ると、
「あとで読んでください! 今日は本当にありがとうございました!」
と言い放ち、走って去っていった。今度は戻ってこなかった。
たつきは家に帰るとすぐに渡された封筒をとりだした。淡い緑色をしたシンプルな洋封筒。中には封筒と同じように淡い緑色の便箋。
そこには、今日であったことは偶然ではないこと、少女は今まで何度もたつきを見ていて気にしていたことがきれいな字で書いてあった。最後には良かったらまた会ってくださいという言葉と、メールアドレス、そして彼女の名前が書いてあった。
たつきはすぐにメールを作成した。
「たつきさん、次はいつあえますか?」
いわゆる、やまなしおちなしいみなしというものですな。
12/21追記
無謀にも小説家になろう!さんに投稿してみました。
期待:あきらめ →1:9 タイトルは記事タイトルと一緒。
妥協しない職人気質というのは、尊敬の対象となることがあるが、悪く言えばタダの石頭だ。
最低ラインさえ守っていれば、別に妥協してもいいのではないかと思う。
お互いの最重要ポイント。それだけあれば、妥協点なんてあっさり見つかるものなのかもしれない。
ふらりと立ち寄っただけの私は、今の状況に困惑していた。
目の前では二人の男が激しく言い合いをしている。今にも取っ組み合いを始めそうなほどだ。
「だからあれはもう作っていないといっているだろう!」
初老の男が怒鳴る。
「そこをなんとか!お金なら出せる限り出します!なんとかして、作ってください!」
若い男が懇願する。
さっきから堂々巡りだ。不運にもこの場に居合わせてしまった私はどうしたものかと頭を抱えた。
事の始まりは、あるひとつの商品。
一人の男が、妻へのプレゼントにと時計を探していた。
妻がほしがっているものを探していたのだが、その時計は型が古く希少で、今ではどこの店でも置いていなかった。
肩を落として商店街を歩いていると、視界の隅に古ぼけた看板が掠めた。
吸い付かれるように、その店の窓を覗き込む。
そこには、今の今まで探していた時計があった。
時計を見つけた男は、すぐに店に入り店員にあの時計の値段を聞いたが、今はその店は店として機能しておらず、売ることはできないといわれてしまった。
店員と思っていた人物はその家の娘で、その時計は自分の祖父のつくったものなのだと教えてくれた。
男はそれではその祖父と交渉させてくれとその場で頼み込んだ。
娘は最初は困惑していたが、事情を聞くと喜んで協力してくれるといってくれた。そうして、娘の協力を経て、男はその祖父と対面し、今に至るという。
私は妙な使命感を持ち始めていた。
さっきから一言も変わらぬ堂々巡りの彼らのやり取りを、なんとかしなければと。
隣で彼らのやり取りを眺めていた娘さんにどうしてああ頑なに作るのを拒んでいるのか聞いた。
彼女は、詳しい話は少し長くなりますよ。といすを二つ持ってきて私に座るように促した。
目の前で今にも取っ組み合いが始まりそうなのに顔色ひとつ変えず平然としている彼女が不思議だった。
不思議そうにしている私に気がついたのか、彼女は
「看板が、出たままでしょう? よくあの男の人みたいに時計目当ての人がくるんです」
と言って微笑んだ。
そういえば、もう店として機能していないのに、看板は出たままだ。看板をしまうには困らない大きさだったのだけど、それにも理由があるのだろうか。
私は、さっき長くなる。といっていた時計を作るのを拒んでいる理由を、話してもらうようにお願いした。
彼女は話慣れているのか、ごほんっとひとつ咳払いをして話し始めた。
彼女の祖父は、三人兄弟の末っ子だった。
時計を作る夢をあきらめて違う職についていた彼の父は、息子たちに自分の夢を託したがっていた。
ところが彼の父は、ひどく不器用で知識はあれども技術を教えることはできなかった。難しい専門用語を羅列するだけの父の講義は、子供心に何一つ届くことはなく、二人の兄も自分も瞬く間に興味を失っていった。
時がたち、彼が高等学校へと上がった頃。彼は町の時計塔の構造について本で読んだ。そこには、過去に父が語ってくれた専門用語が並んでいた。少しだけ理解ができる様になっていた彼はあっという間に時計の仕組みや構造にのめり込んでいった。
彼の父は、それはもう喜んだ。なんせ、彼は彼の父とは違い、かなり器用だったからだ。
彼の足りない知識も、父が補い、父の知識を彼が形にしていった。
いくつもいくつも、時計を作っていくうちに、既存のものでは我慢できなくなった彼らは、彼らだけのオリジナルの時計を作ろうと考えた。構造は既存のものだったものの、世界で二つだけのオリジナルの時計は彼らの宝物で、彼らはいつも持ち歩いていた。
ある日、彼らの宝物を羨んだ一人の若い女性が、彼らの元へやってきて彼らの宝物をべた褒めしたあと自分にも作ってくれないかと言ってきた。彼らは自分たちの宝物が彼ら以外に認められた事がうれしくて、彼女に喜んで作ってあげた。
その数日後、彼らの元に再び女性が現れ、時計を盗まれてしまった。許してほしい。と泣きながら謝りにきた。
不憫に思った彼らは、気にしないでいいと同じように時計を作り、彼女にプレゼントした。
その数ヶ月後、今度は一人の男が訪れ、以前作って渡した彼女の時計を見てうらやましく思い、その時計を渡して自分の彼女にプロポーズしたいのだと言った。
彼らは二人を祝福し、喜んで作った。
その時計を最後に、彼らのに時計を作ってほしいという人は訪れなくなった。
数年後、既存の時計のみの小さな時計屋を営んでいた彼らが町を歩いていると、ある商店に彼らの時計が高値で売られているのを見つけてしまった。
彼らはすぐに店主へ詰め寄り、自分たちが作ったものであることとすぐに時計を下げてほしいことを言った。
ところが、店主はその時計はある得意先から仕入れているもので、その得意先の手作りであるのだと言った。彼らはさらに得意先のことを問い詰め、すぐに連絡し、会いに行った。
得意先の住所には豪邸が建っていた。大きな門をくぐって、時計を作っているという張本人に会うと、昔時計を盗まれて泣いていた女性だった。
当時より幾分ふくよかになった女性は、彼らを見ると少し驚いた顔をして、しかしそれをすぐにいやらしい笑みへと変えた。
「あら、先生方。ようこそおいでくださいました。どうですか、このお家。とても立派でしょう?」
彼女は大きな口をあけて笑い、部屋の外に人間がいないことを確認すると、彼らが問い詰めたいことを話し始めた。
「あなた方ももうお気づきでしょうけど、あの時の涙はうそ。でも最初にあなた方に作っていただきたいと言ったときの気持ちは本当よ。けれど、あの頃私の家はとても貧乏だったの。どうしてもお金が必要で、あなた達からもらった時計を売ったらたくさんのお金にかわったわ。それからはお金しか見えなかった。あなたたちの時計はお金になる。けれど、それをあなたたちにいっても作ってくれなかったでしょう? だから、手口は悪いけれど、ちょうどいい理由をつけて作っていただいたのよ」
三つほど売ってしまったところで、その必要もなくなってしまったけれど。とまくし立てるように話し終わると、彼女は一口紅茶を口に含んだ。
話を黙って聞いていた彼らは、名前の知らない感情に打ち震え言葉を紡ぐ事ができなかった。
この日を境に、彼らは時計を作るのをやめた。だが、彼らの宝物だけはいつも彼らの傍にあった。彼の父が亡くなるときも、時計だけは放さずに握っていたという。
「私この話に、五つの時計って題名をつけたんですよ」
話し終えて満足したのか、彼女は微笑みそういい、席を離れた。
話を聞いて、私は合点がいった。過去に最初は違ったにせよ作った時計を売りさばかれていたとなれば、作りたくも無くなる。
同じように売りさばかれないとも限らない。きっと今は昔より高値で取引されるんだろう。
ひとり思考をめぐらせていたところに、彼女がお茶を持ってきてくれた。ああ、なんだか気を使わせたのだろうか。申し訳ないことをした。
お礼を言ってお茶をいただく。ああ、やっぱりいれなれてるんだな、おいしい。
さて、事情を知ったことで余計に(私の中で)複雑になったこの状況をどうしたものだろう。
若い男のほうがあきらめてくれるなら、そのほうが平和的に解決できるるのではないだろうか。
心がこもっていれば、別に欲しがっているものでなくてもいいのではないだろうか。まあ多少好みである必要はあるだろうが。
今の今まで懇願しているほどの執着だ、こちらも欲しがっていたから。なんて理由だけではない気がする。しかし、今の彼らの中に入るのは少々勇気がいるが、私にその勇気があるのか。ええい、侭よ。
「あのー、白熱してる中申し訳ないんですがー」
全く勢いの衰えない言い争いの中に私ののんびりとした声が割ってはいる。あまりに覇気がなくて後ろで娘さんが噴出した。
二人の耳に入るとは思っていなかったが、以外にも届いたようで、言い争いがぴたりととまった。二人ともこちらを見つめてくる。
うう……気まずい。
私は、若い男のほうを手のひらで指して切り出した。
「あの、そちらの方にお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
乾いた笑いを顔に貼り付けて、できるだけ愛想良く言ってみる。
今この状況で私の参入は予想していなかっただろうから、二人とも目が点といった風情だ。
「僕……ですか? ええと、なんでしょう?」
年の差だろうか、若い男のほうが先に我に返った。
「ええと、話は彼女から大体聞いたんですが、
どうも気になってしまって」
若い方の彼は、彼女を一瞥してはぁ。と一言だけ漏らした。
話をしてくれた彼女はさっきのことがツボに入っているのか笑いが止まらないらしい。すこし恥ずかしくなってきた。
「私には、あなたがそんなに必死に懇願するほどの理由には思えないんです。奥さんへのプレゼントとはいえ、欲しがっていたものがわたせなくても、事情を話して、気持ちがこもっていれば……」
私の言葉は、彼の「それではだめだ!」という言葉にさえぎられた。
やっぱり、ほかに理由があるみたいだ。
笑いの止まらなかった彼女も、予想外に大きな彼の叫びに笑いが引っ込んだようだ。
彼女の祖父は、現状が理解できていないまま、どうして彼が叫んでいるのかもわかっていないという風情。
「……どうしてだめなのか、聞かせていただいてもよろしいですか?」
私はできるだけやさしく丁寧に聞いた。
彼はゆっくりと口を開いて話してくれた。
彼の妻は、床に伏せていてもうすぐ命がおわってしまうらしい。
高熱で意識が朦朧としている彼女がうわ言で時計が見たい時計が見たいとつぶやくので、彼はどんなものなのか必死で聞き出した。
彼女は過去にそ時計を売ってしまったことをひどく後悔していると言ったのだそう。そして、もう聞き取るのも難しくなった言葉で今まで彼にしたがらなかった過去の話をしたのだという。
その過去の話を聞いて私は驚いた。
彼の妻はさっき聞いた彼女の祖父の話に出てきた女性だったのだ。
彼女の祖父も驚いているようだ。目を見開いて口を半開き。なんとも間抜けな顔だが、私も同じような顔をしているのではないだろうか。
予期せぬ事実の発覚に、私はさらに困惑した。
これは……彼の妻はかわいそうだが、彼女の祖父を作ると頷かせるには難しい話だ。
彼女の祖父は案の定作りたくないと言い出した。無理もない。
さて、どうしたものか再び頭を抱えかけた私は気がついた。
そうか、別にもうひとつ作る必要はないのだ。こんな簡単な事にどうして気付かなかったのだろうか。
「あの、作るのではなく、貸す。というのではだめなのですか? とても大切なものなのはわかりますが、失礼ながら彼の妻ももう長くないという話なので、何をしようにもできないのでは」
一か八か、私は提案してみる。貸すだけとはいえ、自分の宝物を手放すのはこの人にとって相当のことだろうし。
「あの女性は、長くないかも知れないが、この男が返しに来るとはわからないだろう。そんなに簡単に渡すことはできん」
言う事はもっともだが
「なら、あなたが一緒に行くというのはどうでしょう。なんななら貴方が持っていって見せてあげればいい」
これでどうだ。道具だけを移動させずに自分が持っていけばいいのだ。顔見知りなのだし、行く理由には事欠くまい。何より時計を手放す必要がないのは、この人にとって最重要だ。作る必要もない。
若い方の彼も懇願して、何とか頷かせた。
これで一件落着ですね!なんて笑ってる彼女はいつの間にか、人数分のお茶を持ってきていた。お茶いれは彼女の趣味なのだろうか。
なんだか私だけ場違いだったがみんなで一服し、そのまま二人を送り出した。
私はといえば、彼女の洗いものを手伝い、そのまま何事もなく帰宅した。
どうして、この店に来たのかと帰り際彼女に聞かれたが、私の目当てのものは、二人の男と共に行ってしまったのだと答えた。
あの状況で譲って欲しいなんて言えるわけもなく、若い彼のように切羽詰った理由もなかったので、手に入れるのはすっぱりあきらめた。
手に入れるのは、だが。
あれ以来私は、時計を眺めにあの家を訪れ、彼女と談笑し、彼女の祖父に煙たがられる日々を送っている。
なにこれ
よくよくみかえすと、なんかおかしい
最低ラインさえ守っていれば、別に妥協してもいいのではないかと思う。
お互いの最重要ポイント。それだけあれば、妥協点なんてあっさり見つかるものなのかもしれない。
ふらりと立ち寄っただけの私は、今の状況に困惑していた。
目の前では二人の男が激しく言い合いをしている。今にも取っ組み合いを始めそうなほどだ。
「だからあれはもう作っていないといっているだろう!」
初老の男が怒鳴る。
「そこをなんとか!お金なら出せる限り出します!なんとかして、作ってください!」
若い男が懇願する。
さっきから堂々巡りだ。不運にもこの場に居合わせてしまった私はどうしたものかと頭を抱えた。
事の始まりは、あるひとつの商品。
一人の男が、妻へのプレゼントにと時計を探していた。
妻がほしがっているものを探していたのだが、その時計は型が古く希少で、今ではどこの店でも置いていなかった。
肩を落として商店街を歩いていると、視界の隅に古ぼけた看板が掠めた。
吸い付かれるように、その店の窓を覗き込む。
そこには、今の今まで探していた時計があった。
時計を見つけた男は、すぐに店に入り店員にあの時計の値段を聞いたが、今はその店は店として機能しておらず、売ることはできないといわれてしまった。
店員と思っていた人物はその家の娘で、その時計は自分の祖父のつくったものなのだと教えてくれた。
男はそれではその祖父と交渉させてくれとその場で頼み込んだ。
娘は最初は困惑していたが、事情を聞くと喜んで協力してくれるといってくれた。そうして、娘の協力を経て、男はその祖父と対面し、今に至るという。
私は妙な使命感を持ち始めていた。
さっきから一言も変わらぬ堂々巡りの彼らのやり取りを、なんとかしなければと。
隣で彼らのやり取りを眺めていた娘さんにどうしてああ頑なに作るのを拒んでいるのか聞いた。
彼女は、詳しい話は少し長くなりますよ。といすを二つ持ってきて私に座るように促した。
目の前で今にも取っ組み合いが始まりそうなのに顔色ひとつ変えず平然としている彼女が不思議だった。
不思議そうにしている私に気がついたのか、彼女は
「看板が、出たままでしょう? よくあの男の人みたいに時計目当ての人がくるんです」
と言って微笑んだ。
そういえば、もう店として機能していないのに、看板は出たままだ。看板をしまうには困らない大きさだったのだけど、それにも理由があるのだろうか。
私は、さっき長くなる。といっていた時計を作るのを拒んでいる理由を、話してもらうようにお願いした。
彼女は話慣れているのか、ごほんっとひとつ咳払いをして話し始めた。
彼女の祖父は、三人兄弟の末っ子だった。
時計を作る夢をあきらめて違う職についていた彼の父は、息子たちに自分の夢を託したがっていた。
ところが彼の父は、ひどく不器用で知識はあれども技術を教えることはできなかった。難しい専門用語を羅列するだけの父の講義は、子供心に何一つ届くことはなく、二人の兄も自分も瞬く間に興味を失っていった。
時がたち、彼が高等学校へと上がった頃。彼は町の時計塔の構造について本で読んだ。そこには、過去に父が語ってくれた専門用語が並んでいた。少しだけ理解ができる様になっていた彼はあっという間に時計の仕組みや構造にのめり込んでいった。
彼の父は、それはもう喜んだ。なんせ、彼は彼の父とは違い、かなり器用だったからだ。
彼の足りない知識も、父が補い、父の知識を彼が形にしていった。
いくつもいくつも、時計を作っていくうちに、既存のものでは我慢できなくなった彼らは、彼らだけのオリジナルの時計を作ろうと考えた。構造は既存のものだったものの、世界で二つだけのオリジナルの時計は彼らの宝物で、彼らはいつも持ち歩いていた。
ある日、彼らの宝物を羨んだ一人の若い女性が、彼らの元へやってきて彼らの宝物をべた褒めしたあと自分にも作ってくれないかと言ってきた。彼らは自分たちの宝物が彼ら以外に認められた事がうれしくて、彼女に喜んで作ってあげた。
その数日後、彼らの元に再び女性が現れ、時計を盗まれてしまった。許してほしい。と泣きながら謝りにきた。
不憫に思った彼らは、気にしないでいいと同じように時計を作り、彼女にプレゼントした。
その数ヶ月後、今度は一人の男が訪れ、以前作って渡した彼女の時計を見てうらやましく思い、その時計を渡して自分の彼女にプロポーズしたいのだと言った。
彼らは二人を祝福し、喜んで作った。
その時計を最後に、彼らのに時計を作ってほしいという人は訪れなくなった。
数年後、既存の時計のみの小さな時計屋を営んでいた彼らが町を歩いていると、ある商店に彼らの時計が高値で売られているのを見つけてしまった。
彼らはすぐに店主へ詰め寄り、自分たちが作ったものであることとすぐに時計を下げてほしいことを言った。
ところが、店主はその時計はある得意先から仕入れているもので、その得意先の手作りであるのだと言った。彼らはさらに得意先のことを問い詰め、すぐに連絡し、会いに行った。
得意先の住所には豪邸が建っていた。大きな門をくぐって、時計を作っているという張本人に会うと、昔時計を盗まれて泣いていた女性だった。
当時より幾分ふくよかになった女性は、彼らを見ると少し驚いた顔をして、しかしそれをすぐにいやらしい笑みへと変えた。
「あら、先生方。ようこそおいでくださいました。どうですか、このお家。とても立派でしょう?」
彼女は大きな口をあけて笑い、部屋の外に人間がいないことを確認すると、彼らが問い詰めたいことを話し始めた。
「あなた方ももうお気づきでしょうけど、あの時の涙はうそ。でも最初にあなた方に作っていただきたいと言ったときの気持ちは本当よ。けれど、あの頃私の家はとても貧乏だったの。どうしてもお金が必要で、あなた達からもらった時計を売ったらたくさんのお金にかわったわ。それからはお金しか見えなかった。あなたたちの時計はお金になる。けれど、それをあなたたちにいっても作ってくれなかったでしょう? だから、手口は悪いけれど、ちょうどいい理由をつけて作っていただいたのよ」
三つほど売ってしまったところで、その必要もなくなってしまったけれど。とまくし立てるように話し終わると、彼女は一口紅茶を口に含んだ。
話を黙って聞いていた彼らは、名前の知らない感情に打ち震え言葉を紡ぐ事ができなかった。
この日を境に、彼らは時計を作るのをやめた。だが、彼らの宝物だけはいつも彼らの傍にあった。彼の父が亡くなるときも、時計だけは放さずに握っていたという。
「私この話に、五つの時計って題名をつけたんですよ」
話し終えて満足したのか、彼女は微笑みそういい、席を離れた。
話を聞いて、私は合点がいった。過去に最初は違ったにせよ作った時計を売りさばかれていたとなれば、作りたくも無くなる。
同じように売りさばかれないとも限らない。きっと今は昔より高値で取引されるんだろう。
ひとり思考をめぐらせていたところに、彼女がお茶を持ってきてくれた。ああ、なんだか気を使わせたのだろうか。申し訳ないことをした。
お礼を言ってお茶をいただく。ああ、やっぱりいれなれてるんだな、おいしい。
さて、事情を知ったことで余計に(私の中で)複雑になったこの状況をどうしたものだろう。
若い男のほうがあきらめてくれるなら、そのほうが平和的に解決できるるのではないだろうか。
心がこもっていれば、別に欲しがっているものでなくてもいいのではないだろうか。まあ多少好みである必要はあるだろうが。
今の今まで懇願しているほどの執着だ、こちらも欲しがっていたから。なんて理由だけではない気がする。しかし、今の彼らの中に入るのは少々勇気がいるが、私にその勇気があるのか。ええい、侭よ。
「あのー、白熱してる中申し訳ないんですがー」
全く勢いの衰えない言い争いの中に私ののんびりとした声が割ってはいる。あまりに覇気がなくて後ろで娘さんが噴出した。
二人の耳に入るとは思っていなかったが、以外にも届いたようで、言い争いがぴたりととまった。二人ともこちらを見つめてくる。
うう……気まずい。
私は、若い男のほうを手のひらで指して切り出した。
「あの、そちらの方にお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
乾いた笑いを顔に貼り付けて、できるだけ愛想良く言ってみる。
今この状況で私の参入は予想していなかっただろうから、二人とも目が点といった風情だ。
「僕……ですか? ええと、なんでしょう?」
年の差だろうか、若い男のほうが先に我に返った。
「ええと、話は彼女から大体聞いたんですが、
どうも気になってしまって」
若い方の彼は、彼女を一瞥してはぁ。と一言だけ漏らした。
話をしてくれた彼女はさっきのことがツボに入っているのか笑いが止まらないらしい。すこし恥ずかしくなってきた。
「私には、あなたがそんなに必死に懇願するほどの理由には思えないんです。奥さんへのプレゼントとはいえ、欲しがっていたものがわたせなくても、事情を話して、気持ちがこもっていれば……」
私の言葉は、彼の「それではだめだ!」という言葉にさえぎられた。
やっぱり、ほかに理由があるみたいだ。
笑いの止まらなかった彼女も、予想外に大きな彼の叫びに笑いが引っ込んだようだ。
彼女の祖父は、現状が理解できていないまま、どうして彼が叫んでいるのかもわかっていないという風情。
「……どうしてだめなのか、聞かせていただいてもよろしいですか?」
私はできるだけやさしく丁寧に聞いた。
彼はゆっくりと口を開いて話してくれた。
彼の妻は、床に伏せていてもうすぐ命がおわってしまうらしい。
高熱で意識が朦朧としている彼女がうわ言で時計が見たい時計が見たいとつぶやくので、彼はどんなものなのか必死で聞き出した。
彼女は過去にそ時計を売ってしまったことをひどく後悔していると言ったのだそう。そして、もう聞き取るのも難しくなった言葉で今まで彼にしたがらなかった過去の話をしたのだという。
その過去の話を聞いて私は驚いた。
彼の妻はさっき聞いた彼女の祖父の話に出てきた女性だったのだ。
彼女の祖父も驚いているようだ。目を見開いて口を半開き。なんとも間抜けな顔だが、私も同じような顔をしているのではないだろうか。
予期せぬ事実の発覚に、私はさらに困惑した。
これは……彼の妻はかわいそうだが、彼女の祖父を作ると頷かせるには難しい話だ。
彼女の祖父は案の定作りたくないと言い出した。無理もない。
さて、どうしたものか再び頭を抱えかけた私は気がついた。
そうか、別にもうひとつ作る必要はないのだ。こんな簡単な事にどうして気付かなかったのだろうか。
「あの、作るのではなく、貸す。というのではだめなのですか? とても大切なものなのはわかりますが、失礼ながら彼の妻ももう長くないという話なので、何をしようにもできないのでは」
一か八か、私は提案してみる。貸すだけとはいえ、自分の宝物を手放すのはこの人にとって相当のことだろうし。
「あの女性は、長くないかも知れないが、この男が返しに来るとはわからないだろう。そんなに簡単に渡すことはできん」
言う事はもっともだが
「なら、あなたが一緒に行くというのはどうでしょう。なんななら貴方が持っていって見せてあげればいい」
これでどうだ。道具だけを移動させずに自分が持っていけばいいのだ。顔見知りなのだし、行く理由には事欠くまい。何より時計を手放す必要がないのは、この人にとって最重要だ。作る必要もない。
若い方の彼も懇願して、何とか頷かせた。
これで一件落着ですね!なんて笑ってる彼女はいつの間にか、人数分のお茶を持ってきていた。お茶いれは彼女の趣味なのだろうか。
なんだか私だけ場違いだったがみんなで一服し、そのまま二人を送り出した。
私はといえば、彼女の洗いものを手伝い、そのまま何事もなく帰宅した。
どうして、この店に来たのかと帰り際彼女に聞かれたが、私の目当てのものは、二人の男と共に行ってしまったのだと答えた。
あの状況で譲って欲しいなんて言えるわけもなく、若い彼のように切羽詰った理由もなかったので、手に入れるのはすっぱりあきらめた。
手に入れるのは、だが。
あれ以来私は、時計を眺めにあの家を訪れ、彼女と談笑し、彼女の祖父に煙たがられる日々を送っている。
なにこれ
よくよくみかえすと、なんかおかしい
遠くの竹刀のぶつかる音。自分を囲む本の山。
ぱら、ぱら、と規則的に動く紙の動き。ばたばたとせわしなくなり続ける足音。
今の自分と反対の音を聞きながら犬の獣人狩爪輝一(かりづめ てるいち)は文台についていた。
尻尾を一振りして残りを見回す。
最低でも目を通すことはして置かなければいけない本が山ほどある。
「へらないなあ・・・・・・」
どうしてこんなにも学問書に囲まれるハメになるのかといえば、家柄のせいに他ならない。
輝一の家は領主である龍人の一族に仕え、護る事を家業としていて、幸か不幸か輝一は将来狩爪家の当主になる予定なのである。
そうなるともう武術も学問もそれなりにやっておかなければいけない。
せっせとページをめくり読み進めているとふと視界が暗くなった。
不思議に思いながら見上げるとそこにはなにやら細長い包みをもちこちらを見る父、輝政(てるまさ)の姿。
「うむ。がんばっているようだな」
ひとつうなづき、輝政は文台をはさんで向かいに腰を下ろした。
「どれ、なにかわからないところはないかな。 おしえてあげよう」
「え、いや、今のところ特には・・・・・・」
輝一は少し考えるととくにわからないことはないと伝えた。
「ところで、何か用ですか? 今日はお仕事はお休みではないでしょう?」
つづけて、顔をみてから感じていた疑問を口にする。
輝政は治世にも関わる事が出来る役職についている。
最近はあまり戦はないとはいえ、毎度の戦いでどんどん増えていく戦災孤児の扱いには上も困っているところだ。
ほがらかにほっつき歩いている暇などないはずなのだが。
「そう、お前に用があってな。まあ本をおきなさい」
文台を指してにこやかに輝政は言う。
栞をはさみ本をおくと、輝一は姿勢を正した。
「お上(かみ)からお前に仕事のお達しだ。」
「本当ですか!」
輝政の言葉を聴いて輝一は目を輝かせた。
元服してからというもの、元服前と変わらず稽古に勉強に雑用の毎日だ。
最初はこれも仕方がないと我慢していたがそろそろ父に仕事を請おうと思っていたところのこの知らせ。
期待に胸が高鳴る。
「それで、どのようなものなのですか?」
今にも乗り出しそうな勢いで輝一が問う。
「なにやらお上の親族が市中へ出かけた際に小耳に挟んだらしいんだが・・・・・・街のはずれに森があるだろう?」
「ああ、ありますね。確かあの森の木は家なんかを建てるのにいいものだとか」
「そこにな、異形が現れたらしい」
袖から取り出した扇を口元にあて、飄々と告げた。
「それ、見た人は大丈夫なんですか・・・・・・!?」
輝一の顔が青ざめていく。
異形とは獣人とは違う、ひと言で言えば化け物の事だ。
形状はそれぞれ違い、どんな風に生まれるのかなどその生態は謎に包まれている。
一つわかっているのは、唐突に現れ、その場に居合わせた者を食べていくという事。
人だけとは限らず、木、岩問わず現れた場所には残骸だけが残る。
であった時の対処法はとにかく逃げる事。それも、相手がこちらに気づいていない事が条件だ。
「その見たという人は幸いにも無事だったそうだよ。だからこそ噂になっている」
輝政の言葉に輝一はそっと胸をなでおろした。
安心した際に輝政の持っていた包みがふと視界にちらつきはじめる。
「もしかして、その仕事って・・・・・・」
輝政はにやりと笑い、手に持っている包みを差し出した。
輝一は受け取り開く。中には黒塗鞘の大小拵えが入っていた。
「それは私からの餞別だ。 それを持ち、その異形を退治して来い」
扇を開き、朗らかに輝政が言う。
「はい! 必ず立派にやり遂げて見せます!」
「ああ、ちょっと待ちなさい」
今にも飛び出していきそうな輝一を引き止める。
「なんですか?」
出鼻をくじかれたような気分で輝一は振り返った。
「この仕事は基本隠密に遂行せよとのことだ。よって他言無用。行くなら暗くなってからにしなさい」
持っている扇で本の山をさし、輝政はすたすたと自身の仕事にもどっていった。
指し示された本の山と手に掴んでいる刀とを交互に見て、輝一は深く肩を落とした。
日の沈んだころに屋敷を出て、やってきた街のはずれの森の中。
異形を退治して来いといわれたものの、現れそうな場所の検討がつかない。
あてもなく森の中を歩く。
暗い森の中。今にも何か出そうだ。
いや何かではなく出来れば異形を相手にしたい。
「はぁ、どこにいるんだ・・・・・・」
手ごろな岩を見つけたので一休みしようと腰を下ろす。
夜食用にと持って来た干しイモを取り出しひとつほうばり空を見上げる。
今夜は月がきれいだ。
もう切り上げようかと立ち上がった瞬間、視界の端に何かが見えた。
そちらへ体ごと動かすと、植物によく似た小さな異形。
一見小さな花のようだ。花に見立てれば茎に当たる部分は地面へと繋がっている。
もしかして、退治してこいとはこれの事だろうか。だったならこの期を逃すことはない。
視界から消えてしまう前に刀を抜いて追いかける。
大丈夫、あの程度ならやれる。
大きい異形は皮膚が硬く倒すには人数がいるという。
それに比べてさっきみたような小物は皮膚が硬いわけでも、攻撃をされてもそれなりに武術をたしなんでいればどうということもない。
思ったより相手の移動速度が遅く、すぐに追いついた輝一は追い抜きざまに刀を横一閃に振りぬいた。
どしゃり。と切り飛ばされた異形の頭が落ちる。
「あっさり倒せたなぁ・・・・・・」
そうつぶやきながら刀を納める。
引き返そうと振り向いた輝一めがけて異形の頭が飛んできた。
「うわっ!」
しゃがみ込んでよける。
顔を上げた先にはさっき切った頭のない茎。
その周りにはツルがうねうねとうごめいていた。一本、二本と増えていく。
間もなく茎から頭が生えてきた。
「うそお・・・・・・」
愕然としていると、無数のツルが向かってきた
即座に抜刀し、応戦する。
しかし斬っても斬ってもツルは減る気配を見せない。
頭のついた異形を攻撃しても斬れた場所からたちどころに再生してしまう。
さらにツルの中には頭を花のように咲かせるものまで出てきた。
防戦一方で打つ手が見えない。
そうしている間に続々とツルが増えていく。
これ以上増えると対応しきれない。
襲ってきたツルを斬り捨て体勢を立て直した時、足に生暖かい感触を感じた。
「え・・・?」
地響きと共に足を引っ張られ空中に浮く体。
あっという間に周りの木々ほどの高さに視界が変わる。
樹木と蛇をあわせたような巨大な異形が輝一を持ち上げたのだ。生暖かい感触は異形の舌のもので、今もなお輝一の右足に巻きついている。
状況を把握したときにはもう遅く、異形の大きな口が目の前に広がっていた。
しょっぱなからかきかけ。
話のつなぎ方とか、〆方とか、最初の一行目とかいろいろと難しいです。
世の字書きさんはすごいですね。
ぱら、ぱら、と規則的に動く紙の動き。ばたばたとせわしなくなり続ける足音。
今の自分と反対の音を聞きながら犬の獣人狩爪輝一(かりづめ てるいち)は文台についていた。
尻尾を一振りして残りを見回す。
最低でも目を通すことはして置かなければいけない本が山ほどある。
「へらないなあ・・・・・・」
どうしてこんなにも学問書に囲まれるハメになるのかといえば、家柄のせいに他ならない。
輝一の家は領主である龍人の一族に仕え、護る事を家業としていて、幸か不幸か輝一は将来狩爪家の当主になる予定なのである。
そうなるともう武術も学問もそれなりにやっておかなければいけない。
せっせとページをめくり読み進めているとふと視界が暗くなった。
不思議に思いながら見上げるとそこにはなにやら細長い包みをもちこちらを見る父、輝政(てるまさ)の姿。
「うむ。がんばっているようだな」
ひとつうなづき、輝政は文台をはさんで向かいに腰を下ろした。
「どれ、なにかわからないところはないかな。 おしえてあげよう」
「え、いや、今のところ特には・・・・・・」
輝一は少し考えるととくにわからないことはないと伝えた。
「ところで、何か用ですか? 今日はお仕事はお休みではないでしょう?」
つづけて、顔をみてから感じていた疑問を口にする。
輝政は治世にも関わる事が出来る役職についている。
最近はあまり戦はないとはいえ、毎度の戦いでどんどん増えていく戦災孤児の扱いには上も困っているところだ。
ほがらかにほっつき歩いている暇などないはずなのだが。
「そう、お前に用があってな。まあ本をおきなさい」
文台を指してにこやかに輝政は言う。
栞をはさみ本をおくと、輝一は姿勢を正した。
「お上(かみ)からお前に仕事のお達しだ。」
「本当ですか!」
輝政の言葉を聴いて輝一は目を輝かせた。
元服してからというもの、元服前と変わらず稽古に勉強に雑用の毎日だ。
最初はこれも仕方がないと我慢していたがそろそろ父に仕事を請おうと思っていたところのこの知らせ。
期待に胸が高鳴る。
「それで、どのようなものなのですか?」
今にも乗り出しそうな勢いで輝一が問う。
「なにやらお上の親族が市中へ出かけた際に小耳に挟んだらしいんだが・・・・・・街のはずれに森があるだろう?」
「ああ、ありますね。確かあの森の木は家なんかを建てるのにいいものだとか」
「そこにな、異形が現れたらしい」
袖から取り出した扇を口元にあて、飄々と告げた。
「それ、見た人は大丈夫なんですか・・・・・・!?」
輝一の顔が青ざめていく。
異形とは獣人とは違う、ひと言で言えば化け物の事だ。
形状はそれぞれ違い、どんな風に生まれるのかなどその生態は謎に包まれている。
一つわかっているのは、唐突に現れ、その場に居合わせた者を食べていくという事。
人だけとは限らず、木、岩問わず現れた場所には残骸だけが残る。
であった時の対処法はとにかく逃げる事。それも、相手がこちらに気づいていない事が条件だ。
「その見たという人は幸いにも無事だったそうだよ。だからこそ噂になっている」
輝政の言葉に輝一はそっと胸をなでおろした。
安心した際に輝政の持っていた包みがふと視界にちらつきはじめる。
「もしかして、その仕事って・・・・・・」
輝政はにやりと笑い、手に持っている包みを差し出した。
輝一は受け取り開く。中には黒塗鞘の大小拵えが入っていた。
「それは私からの餞別だ。 それを持ち、その異形を退治して来い」
扇を開き、朗らかに輝政が言う。
「はい! 必ず立派にやり遂げて見せます!」
「ああ、ちょっと待ちなさい」
今にも飛び出していきそうな輝一を引き止める。
「なんですか?」
出鼻をくじかれたような気分で輝一は振り返った。
「この仕事は基本隠密に遂行せよとのことだ。よって他言無用。行くなら暗くなってからにしなさい」
持っている扇で本の山をさし、輝政はすたすたと自身の仕事にもどっていった。
指し示された本の山と手に掴んでいる刀とを交互に見て、輝一は深く肩を落とした。
日の沈んだころに屋敷を出て、やってきた街のはずれの森の中。
異形を退治して来いといわれたものの、現れそうな場所の検討がつかない。
あてもなく森の中を歩く。
暗い森の中。今にも何か出そうだ。
いや何かではなく出来れば異形を相手にしたい。
「はぁ、どこにいるんだ・・・・・・」
手ごろな岩を見つけたので一休みしようと腰を下ろす。
夜食用にと持って来た干しイモを取り出しひとつほうばり空を見上げる。
今夜は月がきれいだ。
もう切り上げようかと立ち上がった瞬間、視界の端に何かが見えた。
そちらへ体ごと動かすと、植物によく似た小さな異形。
一見小さな花のようだ。花に見立てれば茎に当たる部分は地面へと繋がっている。
もしかして、退治してこいとはこれの事だろうか。だったならこの期を逃すことはない。
視界から消えてしまう前に刀を抜いて追いかける。
大丈夫、あの程度ならやれる。
大きい異形は皮膚が硬く倒すには人数がいるという。
それに比べてさっきみたような小物は皮膚が硬いわけでも、攻撃をされてもそれなりに武術をたしなんでいればどうということもない。
思ったより相手の移動速度が遅く、すぐに追いついた輝一は追い抜きざまに刀を横一閃に振りぬいた。
どしゃり。と切り飛ばされた異形の頭が落ちる。
「あっさり倒せたなぁ・・・・・・」
そうつぶやきながら刀を納める。
引き返そうと振り向いた輝一めがけて異形の頭が飛んできた。
「うわっ!」
しゃがみ込んでよける。
顔を上げた先にはさっき切った頭のない茎。
その周りにはツルがうねうねとうごめいていた。一本、二本と増えていく。
間もなく茎から頭が生えてきた。
「うそお・・・・・・」
愕然としていると、無数のツルが向かってきた
即座に抜刀し、応戦する。
しかし斬っても斬ってもツルは減る気配を見せない。
頭のついた異形を攻撃しても斬れた場所からたちどころに再生してしまう。
さらにツルの中には頭を花のように咲かせるものまで出てきた。
防戦一方で打つ手が見えない。
そうしている間に続々とツルが増えていく。
これ以上増えると対応しきれない。
襲ってきたツルを斬り捨て体勢を立て直した時、足に生暖かい感触を感じた。
「え・・・?」
地響きと共に足を引っ張られ空中に浮く体。
あっという間に周りの木々ほどの高さに視界が変わる。
樹木と蛇をあわせたような巨大な異形が輝一を持ち上げたのだ。生暖かい感触は異形の舌のもので、今もなお輝一の右足に巻きついている。
状況を把握したときにはもう遅く、異形の大きな口が目の前に広がっていた。
しょっぱなからかきかけ。
話のつなぎ方とか、〆方とか、最初の一行目とかいろいろと難しいです。
世の字書きさんはすごいですね。